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津地方裁判所上野支部 昭和48年(ワ)22号 判決

原告

廣昭男

ほか二名

被告

加藤勝

ほか二名

主文

一  被告加藤勝、同船山栄一は各自原告廣昭男に対し、金一六八万七三七円、原告廣律男に対し金一八四万七、六九七円、原告廣信男に対し金一七五万六九七円およびこれらに対する昭和四八年一一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告加藤勝、同船山栄一に対するその余の請求および被告株式会社向井組に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らと被告株式会社向井組との間においては全部原告らの負担とし、原告らと被告加藤勝、被告船山栄一との間においてはこれを二分し、その一を原告らのその一を被告加藤勝、被告船山栄一の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(一)  被告らは各自、原告廣昭男に対し金三六七万六、八三〇円原告廣律男に対し金三七七万六、八三〇円、原告廣信男に対し金三六七万九、八三〇円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告らの答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和四七年一二月五日午前一一時二〇分ころ三重県上野市朝屋河川工場現場において、訴外亡廣明子(以下亡明子という)はポールを持つて測量の作業に従事していたところ、突如後退してきた被告加藤の運転する大型貨物自動車(以下加害車という)に衝突され、頭蓋骨々折等の傷害を受け、同日同所において死亡した。

2  責任

(一) 被告加藤について

右事故は被告加藤が加害車を後退させる場合当然後方を注意してその安全を確認し、事故を未然に防止すべき義務があるのにこれを怠つた過失によるものであるから民法七〇九条により損害を賠償する責任がある。

(二) 被告船山について

(1) 被告船山は加害車の所有者であり、これを自己のため運行の用に供した者であるから自賠法三条により損害賠償する責任がある。

(2) また、同被告は被告加藤の使用者であり、右事故はその業務中の事故であるから、民法七一五条により損害賠償する責任がある。

(三) 被告会社について

(1) 亡明子の雇主は訴外岩田次郎であるが、被告会社は右岩田の元請という関係にあり、右事故現場に現場監督を配置していたのであるから、被告会社は労働基準法上および労働契約に内在する安全な職場を提供するという安全保証義務があり、右現場監督をして被告加藤の動静を監視し、合図を送るなどして本件事故を予測し、かつ未然に回避する義務があるのにこれを怠つた労働契約上の債務不履行の責任がある。

(2) 事故現場における現場監督訴外辻本武生は被告会社の従業員であるところ、右辻本は亡明子をその指揮のもとに測量の業務に従事させていたのであるから、加害車が後退するにつき、その運転手に安全を指導し、さらに亡明子に対しても事故を未然に防止させるべく注意を促がすなど指導すべき監督上の立場にありながら、これを怠つた本件事故を発生させたから民法七〇九条の不法行為責任があり、従つて同人の使用者である被告会社は民法七一五条により損害賠償をする責任がある。

3  亡明子の地位の承継

原告昭男は亡明子の夫であり、原告律男、同信男はその子であり、原告らは亡明子を相続した。

4  損害

(一) 過失利益 金六五三万四九二円

亡明子は死亡前三ケ月の一ケ月平均賃金は金三万一、六〇〇円、就労可能年数二三年であり、生活費一ケ月一万五、〇〇〇円を控除してホフマン式方法によつてその逸失利益を計算すると右金額となる。

(二) 葬儀費用 金三三万三、〇四〇円

葬儀費用として右金額を要し、原告昭男が負担した。

(三) 慰藉料

亡明子の固有の慰藉料金三〇〇万円、原告ら各自の慰藉料として各二〇〇万円

亡明子が一命を失なつた苦痛および原告らがその妻あるいは母を失なつた苦痛は甚大であり、その慰藉料として右金額が相当である。

(四) 弁護士費用

原告昭男金二〇万円、原告律男、同信男各一〇万円を弁護士費用として支払うことを約した。

5  結論

亡明子の逸失利益および慰藉料については原告らが各自三分の一宛相続したのでこれに原告ら各自の慰藉料、弁護士費用、原告昭男についてはさらに葬儀費用を加えた各自の総額から、支払いを受けた自賠責保険金五〇〇万円のうち原告昭男金二〇〇万円、その余の原告ら各一五〇万円の割合で右損害金に充当し、また原告信男については労災保険金から就学援助費として受領した金九万七、〇〇〇円を受領したので、これを右損害金に充当すると、結局各自の損害金は

原告 昭男 金三六七万六、八三〇円

原告 律男 金三七七万六、八三〇円

原告 信男 金三六七万九、八三〇円

となる。

よつて、被告らは各自原告らに対し右各金員およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  被告加藤、同船山について

(一) 請求原因1項のうち被告加藤が「突如後退してきた」との点を除きその余の事実は認める。

(二) 同2項(一)について被告加藤は争う。同(二)について被告船山は、同被告が加害車の運行供用者であること、被告加藤の使用者であることを認める。

(三) 同3項は認める。

(四) 同4項は不知。

2  被告会社について

(一) 請求原因1項は認める。

(二) 同2項(三)はいずれも否認する。

(三) 同3項は不知。

(四) 同4項は争う。

三  被告らの主張

1  過失相殺

亡明子は加害車がエンジン音をひびかせ徐行後退してくるのを気付かなかつたもので、亡明子にも本件事故発生について過失があつた。

2  損益相殺

(一) 被告ら三名について

自賠責保険から支払いを受けた金五〇〇万円を控除すべきである。

(二) 被告会社について

つぎの金員も損害額から控除すべきである。

(1) 労働者災害補償保険から将来受領すべき金一一五万三、三三四円

(2) 原告信男が労災保険からの就学援護金として、中学校在学中の一五ケ月間(昭和四八年一月から昭和四九年三月まで)一ケ月金三、〇〇〇円の割合による金四万五、〇〇〇円と高校在学中の三六ケ月間(昭和四九年四月から昭和五二年三月まで)一ケ月金四、〇〇〇円の割合による金一四万四、〇〇〇円、したがつて以上合計一八万九、〇〇〇円

(3) 被告会社が原告らに対し見舞および葬儀費用として支払つた金一五万円

四  被告らの主張に対する原告らの認否

1  主張1を争う。

2  主張2のうち(一)を認め、同(二)については(2)のうち金九万七〇〇円を限度として認め、(3)は認め、その余は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項については、被告会社との間においては当事者に争いがなく、その余の被告らとの間においては、そのうち「突如後退してきた」との点を除いてその余の事実については当事者に争いがない。

そこで、本件事故発生の状況についてみるに、〔証拠略〕によれば、

(1)  本件事故現場は一級河川木津川の建設省施工の朝屋築堤護岸工事現場であり、南北に流れる木津川左岸(西側)河川敷上において築堤工事が行われていたこと、右築堤個所は盛土作業する一方、同所にある不純物を含む表土を剥ぎとり、これを他所に搬出する作業を行つていたが、その運搬などのため、築堤個所の東側に沿つて南北に幅員約八米の仮設道路が設けられていて、加害車等の大型ダンプカー三台が右表土搬出のために出入し、また工事現場には右表土剥ぎとり、その積載のためブルドーザー、シヨベルカー各一台が作動していたこと

(2)  亡明子は当時右築堤の表土部分において、現場監督員辻本武生の行なつていた測量作業の補助者として、仮設道路沿い左側(西側)の測量杭のある個所で測量用のポールを持つて西方を向いて立つていたこと

(3)  そして、一方被告加藤は右表土を積み込むため、加害車を運転して、仮設道路の南方から北に向かつて進行し、亡明子のいた場所から約三〇米南の地点で一旦停まつたうえ、同所で方向転換をし、亡明子のいた場所のさらに北方約八米のシヨベルカーのところまで時速約四、五粁の速度で後進を始めたが、被告加藤は加害車の運転席の後部の窓から荷台越しに後方進路をみていたため、亡明子が視界に入らなかつたので気づかず、また進路が右方(西側)に縊れているのを気づかないまま後進を続け、ついに亡明子に衝突し、加害車右後輪で轢いたこと

右事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  責任

1  被告加藤について

前記認定の事実のとおり、本件事故の発生は被告加藤の過失によることが明らかであるから、民法七〇九条により責任を負う。

2  被告船山について

被告船山が加害車の所有者であつて、その運行供用者であること、同被告が被告加藤の使用者であることは当事者間に争いがなく、そして〔証拠略〕によれば、本件事故は被告加藤が被告船山の業務の執行中発生したことが認められるから、被告船山は本件事故について自賠法三条および民法七一五条により責任を負う。

3  被告会社について

(一)  労働契約上の債務不履行の責任について

使用者は、労働契約上労働者の労務の提供に際し、労務給付の場所、設備、機械等の諸施設から生ずる危険が労働者に及ばないように労働者の安全を保護する義務を負うものと解せられれる。

しかしながら、

(1) 本件においては、原告らは亡明子の雇主岩田次郎の元請である被告会社に対し債務不履行の責任を問うものであるところ、元請である被告会社が下請の被用者である亡明子に対し、直接労働契約上の債務不履行の責任を問うためには、亡明子が被告会社の直接の被用者であると同視できるような指揮監督関係があることを必要とすると解するのが相当である。そして、〔証拠略〕によれば、前記朝屋築堤護岸工事は被告会社が建設省から請負つて工事施工し、右岩田次郎はその下請として工事に参加して、事故現場附近の工事を担当し、亡明子は右岩田に雇傭されて事故現場附近で作業に従事していたこと、右工事について、被告会社の被用者である辻本武生が現場監督として工事現場にきて指示などしていたこと、そして、前記認定のとおり右辻本は亡明子らに直接補助させて測量作業をしていたことが認められる。しかし、被告会社と右岩田との具体的な下請契約の内容ひいて、工事分担の範囲、その施工方法、工事に関する現場監督と右岩田との指揮監督関係如何、さらに工事現場における保安上の措置の分担関係等が十分明らかとはいえない。したがつて、辻本が現場監督(この概念自体必ずしも明確ではない)として工事現場にきており、そして、事故当時のように直接亡明子を補助者として作業をしていたとしても、これらの事実だけからしては、被告会社が亡明子に対し直接労働契約上の債務不履行の責任を負うものとすることはできない。

(2) なお付加するに、本件工事現場は前記認定のとおり加害車等のダンプカー、ブルドーザー等が作動しているがその台数は少なく、その作業現場自体の状況から一般的に当然保安上の危険が予測されるということはできないし、また本件事故は工事現場の施設等の瑕疵にもとづくものではなく、前記認定のとおり被告加藤の重大な過失にもとづくものであり、そして、〔証拠略〕によれば、被告加藤は被告会社からの依頼により被告船山から差し向けられたいわゆる備車の運転手として本件工事現場で稼働していたことが認められるのである。したがつて、右状況のもとにおいて、本件事故について被告会社の労働契約上の安全保護義務の不履行によるとすることはできない。

よつて、原告らの労働契約上の債務不履行の主張は採用できない。

(二)  使用者責任について

本件事故発生の態様は前記認定のとおりであるところ、辻本武生をして右事故の不法行為者であることを認めるに足りる証拠はない。したがつて、辻本武生が不法行為者であることを前提とする原告らの右主張は採用できない。

(三)  よつて、被告会社に対する責任が認められないから、その余の点をみるまでもなく、同会社に対する請求は理由がない。

三  亡明子の地位の承継

被告加藤、同船山との間において請求原因3項は当事者間に争いがない。

四  損害

1  逸失利益

〔証拠略〕によれば、本件事故当時亡明子は労務者として稼働し、事故前の昭和四七年九月から同年一一月までの三ケ月に計一五万四、九〇〇円(月平均金五万一、六三三円)の給料を得ていたことが認められ、〔証拠略〕によれば、亡明子は死亡当時四〇年(昭和七年五月二九日生)であることが認められ、そして、〔証拠略〕によれば、亡明子は当時健康であつたことが認められる。そこで、亡明子の生活費を四〇%としてこれを右収入より控除し、また就労可能年数を二三年(ホフマン係数一五・〇四五)とするのが相当であり、これにより逸失利益を計算すると金五五九万三、〇九三円となる。

(51,633円×12×(1-0.4)×15.045=5,593,093円)

2  葬儀費用

〔証拠略〕によれば、亡明子の葬儀費用として金三三万三、〇四〇円を要し、これを原告廣昭男が支出したことが認められる。右金額は本件事故にもとづく損害金と認めるのが相当である。

3  慰藉料

亡明子がまだ四〇才の若さで一命を失なつた苦痛、また原告らの妻であり、母である亡明子を失つた苦痛は甚大であるものと推認されるところであり、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、その慰藉料額は亡明子について金一〇〇万円、原告らについて各一〇〇万円をもつて相当と認める。

4  右逸失利益および亡明子固有の慰藉料については原告らが各三分の一宛相続し、それに各自の慰藉料、原告昭男について葬儀費用を合算すると、各自の損害額は原告昭男金三五三万七三七円、原告律男、同信男各金三一九万七、六九七円となる。

5  損害の填補

原告らが自賠責保険から金五〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、これを原告ら主張のように、原告昭男に対し金二〇〇万円、原告律男、同信男に対し各金一五〇万円宛に充当し、また原告信男について同原告が自認している労災保険金からの受領分金九万七、〇〇〇円を除いて計算すると原告昭男金一五三万七三七円、同律男金一六九万七、六九七円、同信男金一六〇万六九七円となる。

6  過失相殺

前記認定の本件事故発生の経過からすれば、本件において亡明子に過失ありとすることはできないから、過失相殺はしないこととする。

7  弁護士費用

被告らが右各損害を任意に支払わないため原告らが原告ら訴訟代理人に本訴提起および追行を委任し、旦つその費用および報酬の支払いを約したことは〔証拠略〕および本件記録上明らかであり、前記請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、その弁護士費用は原告らについて各一五万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

五  結論

以上の理由により本訴請求のうち被告加藤および同船山に対し、各自原告昭男について金一六八万七三七円、原告律男について金一八四万七、六九七円、原告信男について金一七五万六九七円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日(本件記録上昭和四八年一一月七日であることが明らかである)から民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める限度において正当であるから、これを認容し、右被告らに対するその余の請求および被告会社に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝)

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